Pro's way

住宅照明のヒミツ

24

2021.04

タカキ ヒデトシ53

Interview

通路照明を排除した、ケプラーの楕円軌道。 タカキ ヒデトシ53
Hidetoshi Takaki
住宅デザイン部

僕が初めにこの図面を見たとき 《 ケプラーの法則 》 を思い出しました。

ケプラーの法則とは、ヨハネス ・ ケプラーによって発見された 「 惑星の運動に関する法則 」 のことで、太陽に対する火星の運動を推定し、三つの法則を定式化したものです。
とくに “ 第一法則 ” が頭に浮かび 『 通路照明の排除 』 という照明計画を導き出していきました。

第一法則 ( 楕円移動の法則 ) は、 「 惑星は太陽を一つの焦点とする楕円軌道上を動く 」 というもので、惑星の軌道が真円ではなく楕円であること。 そして、太陽の位置は楕円の中心ではなく焦点の一つである。 と、いうことです。

太陽 ( sun ) が楕円の焦点の一つ。

『 楕円 』 ellipseは、平面上のある二定点からの距離の和が一定となるような、点の集合からつくられる曲線で、その基準となる二定点のことを 「 焦点 」 といいます。
二つの焦点が近いほど楕円は “ 円 ” に近づき、二つの焦点が一致したとき、楕円はその点を中心とした “ 円 ” になる。 と、いう性質があります。

二つの焦点が近いほど楕円は円に近づき、二つの焦点が一致したとき円になる。

そこで、簡単な楕円の作図方法を紹介してみます。

  • 二つの焦点に、焦点間距離よりも長い一本の糸の両端をそれぞれに固定し、
  • その糸をピンと張った状態で、頂点に取り付けた筆記用具を動かせば描くことができる。

これが、小学校の時に習った描き方で一番簡単な方法だと思います。

今回は 《 菊川内科医院 》 すなわち、一般的に 「 病院 」 といわれるもので、大物主大神を祀る大和の国の一宮 『 大神神社 』 や 『 三輪そうめん 』 で有名な奈良県桜井市に竣工した現場。

菊川内科医院(奈良県桜井市)

設計 :
小舎ノ工房https://www.kobo-koya.com/
施工 :
TANIBUNhttp://tanibun.co.jp/
撮影 :
笹の倉舎 写真事務所https://www.sasanokurasha.com/
照明計画 :
タカキヒデトシ53 WITH 土村真生

まず初めに図面を見た瞬間、中庭を中心とした 「 円開口 」 が 「 楕円形状 」 で僕の目に飛び込んできました。 下の写真で確認できると思います。 

そして、患者さんが “ 楕円軌道上を動く ” という表象が僕の脳裏に浮かんできたのです。

そのとき浮かんだ僕の脳内イメージ図

「 楕円軌道 」 elliptical orbit は、逆二乗の法則に従う力の作用の下で、束縛された物体がとる軌道のこと。
「 軌道 」 orbit は力学において、ある物体が重力などの向心力の影響を受けて、他の物体の周囲を運動する経路を指しています。

太陽系において惑星に作用する力は、太陽からの万有引力が支配的に働いて、その周囲軌道はほぼ楕円軌道となります。「 人工衛星 」 で例えると、地球の重力と、重力から脱出しようとする遠心力とが釣り合っているため、人工衛星は地球周囲軌道を回り続けることができる。 と、いうことです。

少し話がややこしくなりましたが、僕はここで患者さんを人工衛星と見立てたのです。

患者さんは、疾患 ( 病気 ) を治癒の方向に導いてくれる支配的なお医者さんの重力の働きと、自らに作用する疾患の重力から脱出しようとする遠心力が釣り合っているため、病院内の中庭の周囲軌道を回る。 なんの障害もない通路を周回するだけならば軌道は定まっている。 そうであれば “ 歩くための照明 ” は必要ないと踏んで、「 通路照明 」 という概念を 『 照明計画 』 から押しのけました。
平面図上で 「 どこに照明器具を配置するのか? 」 という 『 配灯計画 』 では、間違いなく “ 明るいか暗いか ” という明るさに対しての不安が脳裏をよぎってしまう。 すると、束縛された 「 通路照明 」 という軌道しか描けません。従って配灯計画では 「 ダウンライトを等間隔で配置する 」 という始末のつけ方にしかならないはずです。

中庭からの昼間の採光をどれだけイメージできるか。
夜の照明も、中庭の明るさをどれだけ確保できるかが重要なポイント。

楕円で見えてくる円開口の立ち上がり面は曲線であるため、照明器具の取り付けが困難です。そこで、建築本体の袖壁を利用しアーム式のスポットライトを選択しました。 一定方向から光が差し込み、室内からも器具の存在は樹木に遮られ、丸見えの状態で見えてくることはありません。 「 建築の意図 」 と 「 照明の意図 」 二つの焦点が一つの糸にピンと張られて楕円軌道を描いた。 と、いったところです。

建築化照明の細かい収まりなども “ 気になる ” ところではあると思いますが、まずは写真で “ 光の回り方 ” を見てください。 このイメージができる前に細かい収まりを考えてしまっては、イメージ通りに事は運べません。イメージができてから収まりを考える。
これが世にいう 《 ヒデトシの鉄則 》 です。

言葉の “ 意味 ” からデザインに近づいていく一つの方法。

楕円という漢字の 『 楕 』 は、木の切り株 ・ 切り口 ・ 年輪が “ 真円 ” という定形ではない形からイメージされた文字です。 右上の “ 左 ” の字には 「 ギザギザで形がそろわない 」 利き腕の右とは 「 ちぐはぐで食い違う 」 というイメージがあったので、元々は “ 左 ” の字をタテに二つ並べて書かれていました。 その後、右下が “ 月 ” という略体文字に変化していきます。

いずれにしろ 『 楕 』 は、崩れて決まった形が無くなる。 定形が無くぐったりとなる。 というイメージを示す記号。 言い換えるならば、丸い形の器を上から押し下げて、ひしゃげたような狭く長い形にする情景だということです。

《 菊川内科医院 》 の 「 円形開口 」 は平面図上では円に見えても、人の視点の高さでは必ず 「 楕円開口 」 の形で見えてくることになるはずです。 定形が無くなった天井面の楕円の情景に対して、形式的な等間隔の通路照明が似合うはずがありません。
なので、言葉の意味からも 『 通路照明の排除 』 という照明計画を導き出していったのです。

『 配灯計画 』 では、言葉の “ 意味 ” など考慮する必要はない。

『 配灯計画 』 はあくまでも、図面上で配置される記号の 「 見え方 」 で明るいか暗いかを判断していくやり方です。 そして、主に一般の人を対象にした打ち合わせが行われるため、ほとんどの方がこのやり方を実践しているので、間違っているということでもありません。 しかし 『 照明計画 』 とは少し意味が違ってきます。 簡単に言ってしまえば “ 図面の把握 ” の仕方は同じなのですが “ 建築の認識 ” の仕方が違う。 さらに “ 光の認識 ” の仕方が違う。 と、いったところでしょうか。

僕が照明計画を行うときの 《 ヒデトシの法則 》 は、

  • 第一法則が 「 設計者の意図に従う 」
  • 第二法則が 「 建築の通り芯に従う 」
  • 第三法則が 「 光に意味を持たせ建築に従う 」 です。

図面上の見た目で行っている 《 配灯計画の法則 》 は、

  • 第一法則が 「 明るいか暗いか 」
  • 第二法則が 「 高いか安いか 」
  • 第三法則が 「 好きか嫌いか 」 になっている可能性が高い。

こうして二つを 『 言語化 』 してみると、なんとなく “ 意味の違い ” が受け止められるのではないでしょうか。

取り置きしておいた 《 ケプラーの法則 》 の残り二つを紹介します。

第二法則 ( 面積速度一定の法則 ) は、「 惑星と太陽とを結ぶ線分が、単位時間に描く面積 ( 面積速度 ) は一定である 」 というもの。
太陽に近いところでは惑星は速度を増し、太陽から遠いところでは速度を落とす。 と、いうことを意味しています。

第三法則 ( 調和の法則 ) は、「 惑星の公転周期の二乗は軌道長半径の三乗に比例する 」 というもの。
惑星の公転周期の長さは、楕円軌道の長半径のみに依存して決まる。 と、いうことを意味しています。

最後に、「 恒星 」 fixed stars と 「 惑星 」 planet の捕捉。

「 恒星 」 fixed stars とは、自分のエネルギーで輝く “ 星雲状でない ” 天体のことで、地球から一番近い恒星は、太陽系唯一の “ 太陽 ” です。
そして夜空に輝く星のうち、その見かけの相対位置の変化の少ないものを恒星と呼びます。
一方で、位置の変化の大きいものを 「 惑星 」 planet として区別しています。

惑星が、地球を含む太陽系内の小天体であるのに対して、恒星はそれぞれが太陽に匹敵する大きさや光度を持っているのですが、非常に遠方にあるため小さく暗く見えています。
惑星が、太陽光の反射によって輝いて見えるのに対して、恒星は自分自身の内部で大量に熱を発生して輝いているのです。

これ以上ケプラーに深入りすると “ ブラックホール ” へと吸い込まれてしまいそうなので、定義だけにしておきます ・・・。 興味のある方は自分で調べてみてください。
ただし 「 数学Ⅲ 」 の領域に足を踏み入れることになりますので、自己責任の上くれぐれもご注意ください。

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