Pro's way

住宅照明のヒミツ

26

2021.08

タカキ ヒデトシ53

Interview

「ある」のか「ない」のか禅問答の照明計画。 埼玉県 N邸 タカキ ヒデトシ53
Hidetoshi Takaki
住宅デザイン部

二本では形にならず、
三角になってはじめて形が生まれる。
三角になれば、二つ合わせて四角が生まれ、
形が増えれば、いつかは丸に到達するだろう。
《 禅 》 です。

このことをあらわした書 ( 絵 ) があります。
日本最古の禅寺、博多 『 聖福寺 』 の 123代住職、仙厓義梵 ( せんがいぎぼん ) という臨済宗の禅僧が、江戸時代に禅の極意をあらわしました。〇と△と□のシンプルなで図形のみで構成されていて、画面の左には 「 扶桑最初禅窟 」 と書かれています。これは、日本最古の禅寺という意味です。

これは、仙厓義梵の書をぼくが書写したものです。

般若心経の一節に 「 色不異空 」 という “ いちご ” ( 一語 ) がありますが、□と△の 「 色 」 と、〇の 「 空 」 には違いはない。ということをあらわしていて、「 空 」 とは “ 何もない ” のではなく “ 無限 ” だということ。かたちのある有限も無限の 「 空 」 に通じている。ということです。

《 禅 》 の思想としての 「 〇△□ 」 の意味は、
〇は 「 円相 」 で、欠けることのない絶対的な真理や境地。
〇は状況に応じて変幻自在 ( たとえば楕円のよう ) にその姿を変え心のうちをあらわす。〇にとらわれた心では〇を描くことはできないし、真理も見失ってしまう。
△は 「 座相 」 仏と一体となった姿。足を組んで腰を据え、頭は天を突きあげ座禅する。
□は禅の 「 入口 」 です。□に囲まれとらわれた姿。□の外に一歩踏みだす。そこが禅の入り口になる。

これも、鈴木大拙の書をぼくが書写したものです。

道元は、ただひたすら座れ、黙って座れと、禅の修行の中心に 「 只管打座 ( しかんたざ ) 」をすえ、仏教哲学者の鈴木大拙は “ 無題 ” の 「 〇△□ 」 の絵を見て [ the universe ] と英訳したことは有名です。

私を含めて多くの方は 『 家の絵 』 を描くときには、△と□の記号を用いて簡略化した形にするのではないでしょうか。△の部分は 「 屋根 」 で、□の部分は 「 壁 」 の形象。昔からよく見られるとてもシンプルな家の形です。

今回は、このとてもシンプルな家の形に 「 家の真理があるはずだ 」 ということを、実際に具現化しようと企んでいる 『 長澤徹 』 くんと、タッグを組ませてもらった個人邸の紹介です。

長澤くんは以前、大手住宅会社 ( Sハウス ) に勤めていて、その時からのお付き合いなのですが、独立して、埼玉県で 『 ポーラスターデザイン一級建築士事務所 』 を立ち上げ、今も一緒に仕事をさせてもらっています。2019年度、2020年度と、二年連続でグッドデザイン賞を受賞していて、僕も、とても誇らしい気持ちでいっぱい。
なので、今回ご紹介するのは、2020年度のグッドデザイン賞を受賞した個人邸 『 N邸 』 です。

とてもシンプルな切妻屋根。

△の形の屋根は 「 切妻屋根 」 です。
屋根の最頂部の棟から、二つの傾斜面を “ 山 ” 形にした形状の屋根。
もともとは 「 片流れ 」 の構造を両側に組み合わせ、地上に “ △形の空間 ” をつくっていた 「 天地根本造り 」 だったものを、これに四本の柱をつけて “ 屋根を地上から高くした ” というものです。だからとてもシンプルなのです。

『 N邸 』 の図面もシンプルです。もうこれ以上簡略化できないほどにシンプルです。だから私たちでも家の絵としてササっと描けてしまう。だって 「 切妻 」 だから。これが 「 入母屋 」 だったら、そうは問屋が卸しません。試しにササっと入母屋の家を描いてみてください。よほど入母屋を描きなれている人ではないかぎり、一瞬 “ 悩む ”
そうなると 《 座禅 》 を組むしかありません。

とてもシンプルな 『 N邸 』 の照明計画。

『 N邸 』 の打ち合わせ時間は、とりあえずの世間話からスタートして 30分もかかっていません。図面を見て、瞬時に判断したのは 10秒で、説明と解釈に至るまでの時の刻みは 10分もかかっていない。ピューっと 「 線 」 を描いて、トントントンと 「 点 」 を描いて、お終いです。
『 N邸 』 に訪れてくる人たちは 「 どこに照明あるの? 」 と口をそろえて驚きます。
ふふふ。ニヤリ。( してやったりの心境 )

『 N邸 』 には、照明器具は 「 ある 」 だけど 「 ない 」
『 N邸 』 には、照明器具は 「 ない 」 だけど “ 光 ” は 「 ある 」

ピューっと 「 線 」 を描いたのは 『 コンパクトライン 』 という、とても細くて小さな□形で線状の器具。トントントンと 「 点 」 を描いたのは 『 グレアレスダウンライト 』 という、光っているのがほとんどわからない〇形で埋込型の器具。本当は、このダウンライトさえも使用したくはなかったのですが “ 移動しない ” 大きな打ち合わせテーブルが設置されるということだったので “ 仕方なく ” トントントンと 「 点 」 を置いた。

N邸(埼玉県 さいたま市)

設計 :  ポーラスターデザイン一級建築士事務所 長澤徹
https://www.polarstardesign.com/

施工 : 株式会社 篠宮工務店
撮影 : 藤本一貴
照明計画 : タカキヒデトシ53 WITH 石田未央

ダウンライトが光っているのがわかるように、 かなり下の位置より撮影してます。

テーブル 「 面 」 に対しては、しっかりと明るさを確保してあげるため。けれども、そのために、天井 「 面 」 が煌々と光っている状態というのが “ 気に食わない ” ので、どんなレーダーにも探知されないステルス戦闘機のような
“ 隠密性能 ” をもった 『 グレアレスダウンライト 』 を採用して、天井 「 面 」 にちょいと雲隠れさせました。

ここで悩む。すると座禅が待っている。

当然のことながら 「 光っているのがわからない 」 ということは、ダウンライトの反射板で光を制御して、光が広く放射されない設計になっている。そのため、天井面と壁面には “ 光が届きにくい ” ために 「 空 」 間としては、見た目が暗くなってしまう。と、いうことが悩みの種となる。
すると長澤くんが、さわやかにサラサラ~っと言ってくるのです。

大丈夫ですよ~。
「 暗ければスタンド置いてもらいま~す 」
そっかぁそれじゃあ~。
「 家具用コンセントが必要だなぁ~ 」
わかりました~。
「 ありがとうございま~す 」

ぼくはこの “ いちご一語 ” に救われ、ひとまず座禅を組まなくてもよくなった。
あぁ・・・。 東洋は 「 座る 」 なんて、なんと恐ろしい発見をしてしまったんだろう・・・。

日本の職人は 『 軸組 』 と 『 造作 』 を一緒に考える。

日本の建築は 『 軸組 』 と 『 造作 』 でできています。
とくに木造住宅は 「 土台 」 「 柱 」 「 梁 」 「 桁 」 などの 『 軸組 』 で構造性をつくる。なので、柱の直上に桁をのせて、その上に小屋梁をかけるから 《 軸組 ( 在来 ) 工法 》 と呼ばれます。
そのあとに、床や天井、窓や建具、棚や格子が 『 造作 』 で組み込まれていく。

大手住宅会社などでは、建物の一部、またはすべての部材を “ あらかじめ ” 工場で製作し、建築現場で組み立てるという 《 プレファブ工法 》 を採用していますが、ここでいう部材は、 「 軸組部材 」 だと見てもいい。その次に 『 造作 』 が行われるのですが、その造作部分を担っているのが 『 職人 』 さんたちです。

ところが、日本の工務店の職人さんたちは、プレファブ工法のような軸組が 「 本体構造 」 で、造作が 「 部品 」 だとは見ていません。軸組と造作の要素を “ 組み合わせ ” ながら、腕を振るっています。『 N邸 』 は工務店さんの仕事で、職人さんたちが腕を振るいながら、現場で家を建てていく。そこで、その腕を見越して、ピューっと 『 コンパクトライン 』 を描きました。

『 N邸 』 は、一階の短辺が 「 階段 」 で長辺が 「 廊下 」
二階は廊下が失われ、居室が廊下を担います。

一階の廊下は 「 格子のルーバー天井 」 で、二階は切妻屋根を活かした 「 傾斜天井 」 です。『 コンパクトライン 』 の計画は、基本的に日本の 《 方法 》 でもある 「 底目地 」 の考え方を採用しています。

格子ルーバーと天井面の間には “ 段差 ” が生じているため、そこへ 『 コンパクトライン 』 が設置できる “ 隙間 ” を設けています。天井施工後に電気工事の順番だと、電源への配線や設置などの手間が煩わしくなってしまうため、電気工事は 「 先行工事 」 として、照明器具を先に設置。そのあとで格子ルーバーを施工する 《 手段 》 にしてあります。

二階の傾斜天井は、ちょうど双方に 「 梁 」 があったため、その梁を利用して、天井面を切り欠いた状態で施工。
長澤くんは 「 小口 」 を見せたかったので、小口は素地のままになってます。

長々と書き綴りましたが、この打ち合わせが、世間話も含めた 30分の照明計画。

家がシンプルな だったから 「 ピュー 」 と 「 トントントン 」 でお終いです。

長澤くん!
3年連続で “ あの賞 ” を狙いにいくのも悪くはない。

あっ。
こんなことを企むから、また悩みの種が増えてしまう。

座禅しなくては・・・。

「ある」のか「ない」のか禅問答の照明計画。 埼玉県 N邸 タカキ ヒデトシ53

《 N邸 》 は、納入事例集にも掲載しています。
その他の現場も “ 見どころ満載 ” ですので、ぜひご覧ください。
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ご精読ありがとうございました。